紺野’sブログ

考えている事の吐き出し用に。テーマとしては暗いものが多いです。

出戻り体験記と今の気持ちをちょっと

 こんにちは。連続でブログに投稿するのが三日目になります。前よりは気持ちが落ち着いてきたかなという部分がありますが、それでもまだもやもやしてるなあという部分があります。ノートに気持ちを綴ったりしていることもありますが、なんだかそれが難しいなという感じです。

 

 今回は「出戻り体験記」についてです。

以前お話ししましたように、自分はとあるSNSをやっていました。しかし、アカウントを消してしまいました。そのまま退会かと思いきや、何か月かして新しいアカウントを作って出戻りしてしまいました。

 

 では消した理由はなんだったのか?

 出戻りした理由はなんだったのか?

 

【消した理由】

 ●人間関係

  ・グループの結束力が強くなって肥大化したために、その場に居づらくなった

  ・繋がっている人と趣向が合わなくなって、疎外感を感じるようになった

  ・明らかに常識がない人が増えて嫌になった

  ・同じジャンルの人でも合わないと思う事が増えた

  

 ●自分自身の問題

  ・自分の振る舞いに関して至らない部分があった

  ・好きなものを好きなように表現できなくなった

  ・供給の少ない分野で活動していたので、あまり評価が高くない事や供給の多い

   ジャンルに嫉妬するようになって楽しくなくなった

 

 こんな感じでしょうか。比率に関しては周りの問題と自分の問題が半々というところですね。他のものに関して嫉妬するという部分では、自分も細々と活動してきた者なのでそれを言えた立場なのかと言われれば、違うような気もしますがね。

 

 経験上、「その場にいて居心地が悪くなった」や「好きな事をやってても全く楽しくない」と思えるようになったら、SNSでの活動においてはおしまいだと思うんですよ。こう感じるようになったから、アカウントを消しました。

 

 …ところがどっこい。

 

 出戻りをしてしまったんですよ。では次はその理由について述べていきます。

 

【出戻りをした理由】

 ●自分自身の問題

  ・SNSを辞めたことによって得られる情報が少なくなった

  ・現実の世界で趣味について語れる相手がいなくなった

  ・また誰かと楽しく話をしてみたかった

  

 こんな感じでしょうか。辞めた理由よりも少ないですが、それでもこれらの理由から出戻りをしてしまったのだなあと感じました。

 

 出戻りといっても当初は全く繋がりのない人のところで新たに付き合いをスタートさせる予定でした。しかし前のアカウントでつながりのあった人も何人かいる状態です。

 

 結局完全には離れられなかったんですね。今は今でフォロワー数も前よりは少ないですが、前とは違った気持ちでSNSをしております。

 

 楽しい部分もありますが…やっぱりもやもやしてしまう気持ちも多いです。

相変わらず供給の少ないところで活動しているので、どうしても人口密度が低くなってしまいます。

 

 そういったところからまた大手の方に嫉妬してしまったり、自分の活動は意味があるのだろうかと思ってみたり…なんか前と同じことですよね。

 

 前までは「辛くなったらアカウントを削除する」精神でしたが、今はそうでもなくなりました。そうしていても結局キリがないからです。

 

 だからSNSをやっていて辛くなったら、無理にアカウントを消そうなどとは言わずに一旦距離を取ってみるのが一つの手なのかなあと思います。

 

 よく「アカウントを消したら良い」という意見はよくありますが、そうしても根本的な解決には結びつかないのではないかと考えたからです。

 

 本当に辛くてどうしようもない時はそうすればいいと思うんですけどね。

 

 では、今日はこの辺で。 

弱体化と嫉妬、評価

 こんにちは。昨日ぶりですね。自分の気分は一時的に回復したと思っていましたが、そうでもないようです。昨日からまた調子が悪くなってるなっていう感じがします。

 

 最近は憎まれ口しか叩けていないような気がします。SNSでもそのような発言しかできていない。自分でもさすがに危ないなと感じたので距離を置くことにしたいなと思いました。

 

 さて、今回のテーマについてですが、病んでる時って弱ったり嫉妬してるんじゃないかと思うようになったんです。

 

 他人と自分を比較して、「自分はこんなに劣っている人間なんだ」と思うことによって自分が弱ったり他人に嫉妬したりしているなっていう実感は確かにあります。

 

 好きで創作活動をやっている部分もあるのですが、やはり他人より評価が少ないと「どうしてだろう」とか「自分はこのまま活動を続けていて楽しいのだろうか」と思ってしまいます。好きでやっていることなら評価なんて関係ないはずなのに、こういった気持ちを持つとやはり悲しくなってきます。

 

 でもそれって「どうしようもない苛立ち」なんですよね。

評価が高いか低いかなんていうのはその作品と知名度とかその人の技術とか、どれだけ多くの人と繋がっているかによっても左右されるものですし。

 

 本心では自分の今のスタイルを変える気はないし、これからもこの活動をしていきたいという思いがあります。

 

 それをするためには、やっぱりSNSと少し距離を置いて休んで新たに気持ちを切り替えるということなのかなあと思います。

 

 短いですが今日はこの辺で。

思考回路ぐるぐる

 こんばんは。紺野です。最近は考え事がまとまらないので、今回の記事はいつものものとは違ったスタイルになります。吐き出しの目的でブログを使用するというのはいつもの事なんですけどね。

 

 何に対して悩んでいるのか。何に対して後悔しているのか。

 その根本となる要因はたった一つであるのかそれとも複数であるのか。

 自分は後者である。

 

 では具体的にはどのような事に対して悩んでいるのだろうか。

 

 前までは仲良くしていた人とうまくいかなくなってしまった事

 離れたい場所なのになかなか離れられないで停滞している事

 自分の選択が本当に正しかったのかという事

 

 現在好きなものをずっと好きでいられるのかという不安

 このまま現在の活動や人間関係を継続していいのかという不安

 人から悪く思われていないだろうかという不安

 

 ざっと分けるとこんな感じだろうか

 文章にしてみて自分の悩んでいることは6つあるのだということが分かった

 悩んでいることがあるために八つ当たりのような発言しかできない

 

 悩み事はそのような弊害ももたらすのだ

 実際に最近の自分は憎まれ口しか叩いていないように思える

 直接何かを言われたわけではないが、それによって人を不快にさせてしまう場合もあ

 るだろう

 

 しかし言わなければ自分がむずがゆい思いをする

 どうにもこうにも苦しくなる

 要は吐き出す場所を考えろという事であろうか

 

 誰かに相談もしてみた

 聞いて下さった方に対しては心から感謝をしている

 しかしその一方でまだ心が晴れていないなという部分もある

 

 悩み事は一気に解決するものではないと以前誰かに教わったことがある

 そういうことなのかもしれない

 全部を晴らすことができれば楽なのかもしれないが、それはできないのである

 

 供給が多い所は幸せだ。しかしそうでないところは不幸せだ

 そんな傾向にある

 それを密かに妬んでいる自分がいる

 

 自分でも醜いことだなと思う

 しかし止まらないのだ

 好きなものに対する気持ちが歪んだものになっていないかと不安になる

 

 自分はこうも思う

 高頻度でだる絡みできる人というのは幸せなことだなと

 自分はそれができない

 

 関わっているうちで仲が良くなった人に対して執着心を持ってしまう

 しかしそれはよくないことだ

 あまりにもしつこいと迷惑をかけてしまう

 

 他人から見たら自分の悩みなんていうのはちっぽけなものなのであろうか

 しかし悩みというものは人と比べることができないのである

 

 今日はこの辺で終わります。ありがとうございました。

 

 

 

 

光と闇

 おはようございます。お久し振りです。8月中にもっと記事の生地の更新をしたいと思っていましたが結局できませんでした。いつものことか。

 

 9月に入りましたが気温が一気に涼しくなりましたね。あんなに毎日汗だくになってたのにそれが嘘みたいです。毎日快適です。ただ、急激な気温の変化で体調を崩さないようにしたいものですね。

 

 さて、今回の題名は「光と闇」。

どういう事かと言いますと、この世の中って大きく分けると光と闇の二構成でできてるんじゃないかなあと最近思うのです。

 

 …これだけ聞くとなんだか病んでるようにしか聞こえないのですが。いや、ブログ自体気分が良くない時に書くことが多いのでどうしてもそんな感じになってしまいます。

 

 簡単な話、楽しいことや嬉しいことの反面には辛いことや悲しいこともあるっていうことですね。光が存在するところには必ず闇がありますし、光の側面だけを見てしまうと痛い目に合う場合があります。

 

 どんなに素敵な人でも完璧じゃないしそんな人にも裏の顔がある。人間だって完璧な人ばかりじゃありません。

 

 人間だけじゃありません。物事だってそうです。SNSは楽しい部分もあるけど、その反面誰かの闇が垣間見えたりもしますよね。そんな感じです。

 

 でも闇の側面ばかり見ても気分が下がるばかりで前に進めないんですよね。

 

 光の側面が来るのか闇の側面が来るのかはその時々によりますし、多分周期的なものなんですよね。今は光でもいつかは闇が来る。今は闇でもいつか光が来る。そんな心構えをしていればちょっとは気持ちが違うのではないでしょうか。

 

 いつもより短いですが今日はこの辺で。

 

 

副作用

 こんばんは。前回の記事を投稿して5日ほど経過しました。いや、夏真っ只中ということで毎日すごく暑いですね。クーラーをかけず扇風機だけで過ごしたり窓を開けて網戸にするというだけで過ごしております。暑いですとても。ここ数年間で分かった事は、自分は夏が苦手なんだなあという事です。いや、もう本当に頭がしんどくなります。秋がくればもう少しマシになるのでしょうか…。

 

 今回は「副作用」についてです。

この言葉自体はこの記事では比喩として使う事にしています。

 

 なにが副作用なのかというとですね、最近思ったんですよ。

「あの時あんな行いをしなければよかった、悪い事なんかするべきじゃなかったのに。」

 そんな後悔から生まれる罪悪感っていうのはすべて行動から生まれた「副作用」そのものではないのだろうかと。

 

 では、ここから自分の考える「副作用」について掘り下げていきたいと思います。

原因となる行動は大きく分けて「よかれと思ってやった事」「悪い結果を招く事を想定していたにも関わらずやってしまった事」の2つに分ける事ができます。

 

 自分はどちらもあります。後者は一般的には「罪悪感」と呼ばれがちですが…。

罪悪感ってだけでは足りないような気がしたんですね。

 

 自分は酷い事をされた人間であると同時に酷い事をした人間でもあるんですね。

そういう人間であるからこそ許されるべきではない部分があるし、単に被害者ぶっているというだけではいけないという部分があると思います。それは当然です。

 

 相変わらず前置きが長いですね。というか、最近長文を打ってこなかったので前よりも劣化してしまったような気がします。

 

 それはさておき。先ほど述べた2種類の思いに基づいて人間は行動してるんじゃないかなあと思います。動機がどちらであったにしろ悪い結果を招いているという事には変わりがないですね…。

 

 よかれと思ってやった事だった。それは自分自身に対してストッパーをかけるため。しかしそれは結果として悪い事へ繋がってしまった。そんな事がよくあります。その選択をしなくても悪い事は起こっていたかもしれないですがね。でも選択をした事によってそのような悪い事が起こってしまった…ぐるぐる考えてしまいますね。それの繰り返しになってしまいます。終わりなきループ。

 

 別の道を模索しようとしても、どうしても未練を断ち切る事ができずに半ば前にいた道に戻ってしまう。そのままずるずると続けてしまう。本当はやめるべき事だったのに。でもそれが完全に悪い道であるという事でなければそのまま続けていってしまう。それが人間の性というものなんでしょうかね。自分自身がこのような性格であるという事ももちろん言えますが。

 

 つまり何が言いたいのかというと、その時もろに苦しまなくても後からじわじわと自分に対して罪悪感を感じていくことこそが「副作用」なのではないかと。

 悪い事をしたらその報いが必ず帰ってくるという意味で使われる「因果応報」よりは軽いイメージですかね。

 

 なにかをして結果的に良くない結果に結びついてしまった、しかしそれは大きくバッシングを受けるというものではなかった、だからその環境に甘えてしまうという結果を招いた、しかし自分の意識の中では確実に何かが壊れていってしまうような気がした。

 

 自分の意識が壊れていきながらもそこの居心地の良さから離れる事ができない。だから副作用が起きる。そういう感じなのかなあと思います。

 

 傍から見ると考え込み過ぎているようにも見えますよね。実際にそんな部分もあると思います。考えすぎて頭の中がごちゃごちゃになってしまうという現象。

 

 でもちゃんと考えたり向き合っていかないといけない部分もありますからね。そこらへんの折り合いは大切なのかなあと思います。プレッシャーでつぶされない程度に生きていきたいものです。

 

 長くなりましたが今日はこの辺で。自分自身「副作用」に対するイメージはそれなりに持っていたつもりですが、いざ書き出してみると文章がまとまっておらず、かなり分かりづらい内容になってしまったと思います。すみませんでした。

 

 

 

情熱と青い鳥

 こんにちは。本日二本目の記事になります。なんで長文を書いてるんだよ。他にやることあるんじゃないのかよ。と自分にツッコミを入れながらも長文のブログを書いてしまいます。ダメだこりゃ。

 

【補足】

  2週間か3週間くらい記事の下書きを放置していました

 

 今回は青い鳥とそれをやる情熱に関する話題です。

 

 前の記事でも同じことを述べましたが、自分はオタクです。同じような趣味の方と繋がりたいと思ったのが、青い鳥をはじめるきっかけでした。

 

 青い鳥をやっていると現実世界では分からない様々な事を知ることができますし、またやっているなかで仲良くなった人も何人かいて本当に楽しかったです。

 

 でも、その情熱も長くは続かないんですよね。

 

 もちろん青い鳥は今でもやっています。でも、元から情緒が安定していないので突発的に不安になったりとかそういうのもあるんですよね。

 

 あと流れる情報にはいいものばかりじゃないので…それを見て落ち込む事とかも多いですね。今では大分慣れてきて情報の取捨選択等もできるようになりましたが。

 

 あと自分より絵が上手い人を見るとすごいなあと思う反面嫉妬してしまう。あるいは、同じジャンルであるのに考え方の違いからあまり馴染めなかったり。そういう経験もありましたね。

 

 アカウントも2回移動して現在3回目になってますし。1回目はただ単に移動しただけですが、2回目は辞めようと思って消したのに数ヶ月してアカウントを新しく作っちゃったっていうのがありますね。前に繋がりがあった人とも何人か繋がりはありますが。いや、辞めようと思っても辞められないです。

 

 ただ、気分が乗らなかったりする時はTwitter離れたりもするんですがね。正直に言う今も辞めたい衝動に駆られたりしてるんですが、アカウント消してもまた戻ってきそうです。多分それの繰り返しです。だから、気分の乗らない時は見なかったりログアウトして対処するしかないのかもしれませんね。

 

 2年とちょっと青い鳥をやってきて分かったことは、「好きでやってる事でも時に不調になることもある」ですかね。

 

 不調になるのは様々要因があるんですよね。今回はまた別の事で不調気味になりました。全く青い鳥に投稿をしていないというわけではありませんが。

 

 すごく好きだったものに対する熱が突然冷める時ほど怖いものはない。自分に限ってそういうことは起こらないだろうとずっと思っていましたが、ある時から好きだったもののことが全く考えられなくなって不調になりました。

 

 一時的なスランプのようなものでしょうかね。もうオタクをやってきて五年目にはいるのですが、やはりそうした中では何らかの不調が起きてもおかしくないような。いや、色々とショックな部分がありましたね。嫌いになったわけでもないのに。

 

 そういった状況に陥ってしまった場合は、時が解決するのを待つしかないんでしょうね。時間が経つとまた別のものを好きになる。自分はその繰り返しをずっとしているから。きっとそんな感じになるんだと思います。

 

 ぬるぬる楽しんでいけたらいいなと思います。マイペースに。

 もう3回目ですし、3度目の正直ということでアカウント移行等は考えてないですし。

 青い鳥ライフ満喫のためにはゆっくり楽しむのが必要なのかも。

 

 少し長くなりましたが、今日はこの辺で。

 

雑食かnot雑食か

 こんにちは。最近は毎日更新しているような気がします。他にもやることがあるはずなのになぜかブログが捗ってしまう。そんな感じです。いや、駄目じゃないか。

 

 今日は趣味関連の話題をしようと思います。…といいながら、色々考え込んでるのはいつも通りなのですが。

 

 青い鳥でも活動をしているとこれまでに何度か書きましたが、青い鳥ではいわゆる”オタク”として活動しています。

 

 いや、元々はオタクではなかったんですがね、周りの人の影響を少しずつ受けてそれから独自の道を探りはじめてオタクになった者です。ただ、現実世界で語れる人がいなかったため青い鳥をはじめたというのがありますがね。

 

 さて、前置きが長くなりました。今回の題名は”雑食かnot雑食か”です。そもそも雑食というのはオタクの世界でいうと、男女の恋愛、男性同士の恋愛、女性同士の恋愛、エロ、グロなど、好きなものが広範囲に渡る人のことであると自分では捉えています。

 

 自分はどちらであるのかと言うと…

 

 not雑食ですね。

 

 「このジャンルにだけはどうしても触れられない」などといったものは特にないのですが、それでも、広範囲に渡るものをすべて愛するという事はしていないような気がします。解釈は自分の脳内で色々繰り広げる傾向はあるのですが。

(以下、略称を使わせていただきます)

 自分の傾向についてですが、一番話題にするものが男女CP、次いで百合であり、薔薇はあまり話題にしないですね。

 

 また、エログロで言うとエロ方面に傾きやすいです。バッドエンドは嫌いなわけではなく好きなものもありますが、あからさまにぐちゃぐちゃした表現があるものは苦手ですね。あと打ち切りでバッドエンドになったものとかも…1回経験したことがあるのですがあれは本当に悲しかった…。

 

 その他に筋肉質よりひょろっとしたほうが好みだったりしますね。あと、一番語るのは男女CPであると先ほど言いましたが、少女漫画っぽいものよりかは、捻ったようなものが好きだったりします。

 

 公式CPを好きになる機会が少ないので、原作の中での絡みを見て妄想を膨らませたりという事が多いです。原作でフラグが立ちそうな展開が来たら荒ぶりますがね。荒ぶります。

 

 すべてを男女CPの視点で見ているわけではないです。男女間であっても結びつきや思いの強さがあまり感じられないな、とかなんだかしっくりこないな、ということもあるからです。

 

  つまりは色々とめんどくさい人間であるというわけです。

 

 青い鳥をやってますが自分と同じような趣向の人がなかなかいないなあと感じるような気がします。あまり大手ジャンルに手を出さず、ひっそりと活動しているというのもあるかもしれませんが。これも趣向です。つまりはレアケースなのかも。

 

 青い鳥をやっていると様々な情報が流れて来ますし、実際に雑食だという人もいるわけで。そんな中自分はレアケースでしかも偏食であるというのはいいのだろうか。許されないことではないのだろうか。と思ったりしますね。自分は視野が狭い人間なのかなあと不安になってた時期もありました。

 

 でも、そんな事はないとある時気づきました。好きなものを追い続けていくというのは自然であるし、あまり肌に合わないなと感じたら避けてしまう。それが自然なことではないのかと。

 

 このことから、雑食であるかないかの違いは、「ストライクゾーンが広いか狭いか」ということにではないかという結論に至りました。それ自体は全く恥じるような事ではありません。だって人の嗜好なんてそれぞれだもの。気にする必要なんてないはず。

 

 ただ注意しなければならないのは、違う領域のもの同士がお互いの領域に土足でズカズカと入って行くような行為をするということですかね。「お前の解釈は違う!こんなのは間違いだ!」などと言ったふうに。

 

 違う考え方をしているのだからそこで異なるものが生まれるのは当然ではないかと。そういう事をしてしまったら余計な争いしか生まれません。それはとても悲しい事であるはず。

 

 自分は「雑食でない」という認識を持っています。無理に人に合わせたりせず、また人の領域に土足でズカズカと踏み込んだりせず、自分の領域でゆるゆる活動していくということを大切にしていきたいです。

 

 雑食かnot雑食かの話はもしかしたらまたするかもしれません。その時はpart2の題をつけますね。

 

 では、今日はこの辺で。